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AI等新技術の進歩にどう向き合うか ―技術的失業の懸念、利益の公正な分配―

鈴木智之2024年6月24日発行

 大谷翔平選手は、今シーズンも目覚ましい活躍だ。今年は二刀流を封印した打者専念のシーズンとは言え、6月は本塁打王を獲得した昨年と同様の好調ぶりということもあり、メジャーリーグ中継を楽しみにしている方も多いのではないか。その大谷翔平選手が所属しているロサンゼルス・ドジャースが本拠地とするカリフォルニア州では、昨年からGoogle系列のWaymo(ウェイモ)をはじめとした自動運転タクシーのサービスが提供されている。

 高齢化が進行する日本においては、自動運転技術への期待は大きい。高齢ドライバーによる痛ましい交通事故が連日のように起こっているのを目にすると、いつ自分や家族が被害に遭ってもおかしくないという危機感から「アメリカでは自動運転の社会実装が進んでいるのに、日本では自動運転がまだ普及しないのか」ともどかしく思われている方もいるだろう。その自動運転技術については、官民挙げた取組が動き始めているところである。政府が先日とりまとめた「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2024年改訂版」(2024年6月21日閣議決定)では、「自動運転の社会実装を進め、来年を目途に全都道府県での自動運転の社会実験を実現する」ことが示された。

 しかし、こうした自動運転をはじめとした新技術については期待の一方で、懸念も指摘される。その代表的なものが技術的失業(Technical Unemployment)の懸念だろう。技術的失業は経済学では構造的失業の一つとして考えられる概念で「技術的変化によって引き起こされる雇用の喪失」のことである。自動運転の例で言えば、「自動運転が普及した場合、タクシーやバスの運転手の雇用が失われること」がそれに当たるであろう。

<歴史上繰り返されてきた技術的失業の懸念>

 技術的失業の懸念は、歴史上古代から何度も繰り返されてきた古典的な話題である。

 有名なものは、19世紀前半、産業革命期のイギリスでの議論だろう。イギリスの繊維業におけるイノベーションの多くは、熟練した職人の労働を新型の紡績機や機械に置き換えるものであったため、当時の経済学者のリカードらからは「労働者が目下行っている仕事を機械がすべてこなせるなら、労働への需要はなくなる」との批判が上がった。

 20世紀の世界恐慌の頃にも話題になった。1920年代、米国では、トラクターなどの農業技術の改良によって農村労働者が失職し、やがて都市部においても失業率が上昇し始めた。こうした社会情勢を受けて、ケインズは「新しい生産方法が人間の労働の必要性を減らし、大量失業を招いてしまう可能性」を指摘した。ちなみに、技術的失業という用語は、当時のケインズによるものとされている。

 近年、AIに関して技術的失業を懸念する研究が相次いでいる。一昨年、米国OpenAIが「ChatGPT」を一般公開し、生成AIが世間に浸透したことをきっかけに、2013年にオックスフォード大学のオズボーン氏らが公表した論文『The Future of Employment』(以下、「雇用の未来」という)が再注目された。同論文では、「米国雇用者の47%の従事する職業が、今後10年から20年の間に70%以上の確率で自動化される可能性がある」とされていた。しかし、生成AIに関しては、「雇用の未来」の推計で想定されたよりも多くのタスクが影響を受けるのではないかとの見方もなされ、2023年に公表されたゴールドマンサックスのレポートでは「生成AIの導入により、全世界で3億人分の雇用が影響を受ける」との見通しが示された。(このあたりの流れについては、連合総研レポートDIO20241月号研究員報告「AIが雇用に及ぼす影響~勤労者短観を踏まえて~」で述べたので、詳細はそちらをご参照いただきたい。)

 ここ数年のAIの雇用への影響をめぐる論議は、技術的失業の懸念についての歴史上何度目かのブームが到来したと言っても過言ではないだろう。

 

<AI等の新技術が前向きな受け止めをされている背景>

 連合総研が20219月~22年1月に実施した「経営に関する労使協議についてのアンケート調査」の結果によると、技術的失業の懸念はあるにもかかわらず、日本の労働者は新技術の導入には前向きな姿勢であることがうかがえる。当該調査では、AI等デジタル技術の雇用への影響に対する考えについての質問について、「生産性を高めることにより人手不足対策になるので、積極的に導入すべきだ」等の導入に積極的な割合が8割以上を占めていた。一方、「雇用を減らす恐れがあるので、導入には慎重になるべき」という技術的失業を懸念する回答は僅か3.5%だった。日本の労働者が新技術の導入に前向きである背景には、質問の選択肢にもある通り、人手不足への懸念があるだろう。

 日本では、生産年齢人口(1564歳人口)の減少率は、今後2030年代にかけて加速することが見込まれており、人手不足や業種によるミスマッチが今よりも一層深刻になることが懸念されている。リクルートワークス研究所の試算によると、2040年に1,100万人の労働供給が不足するという。冒頭で触れた自動運転技術は、物流業界におけるドライバー不足の解決策として期待する向きもあるのではないか。 

 なお、高齢化社会で熟練労働者の確保が難しくなっているのでその解決策としてAI等の新技術に期待するという論調は他の先進国にも見られる。米マサチューセッツ工科大学(MIT)のディビッド・オーター(David Autor)教授は、本年2月に全米経済研究所(NBER)に寄せた評論の中で、「移民政策を大幅に変更しない限り、米国やその他の豊かな国では、雇用がなくなる前に労働者が尽きてしまうだろう」と述べている。

 いずれにせよ、新技術の導入によって無くなるタスク(作業)もありうるので、労働者が新しい雇用機会に適合するために必要なスキル取得に向けた支援や、労働環境の整備は必要であり、労働組合としてもそうしたことを労使の協議の場で議論していくことは重要であろう。

 

<AIで恩恵を受けるのは非熟練労働者?>

 労働者とAIの関係については、技術的失業の懸念以外にも、最近、興味深い研究成果が報告されている。それは、AIによって恩恵を受けるのは高スキルの労働者ではなく、むしろ非熟練の労働者であるということだ。

 MITのオーター教授は、本年2月のNBERの論文において、「AIはうまく使えば、オートメーションとグローバリゼーションによって空洞化したミドルスキル労働者、すなわちアメリカの労働市場の中心にある中産階級を修復する助けとなる」と主張した。「AIは、重要な意思決定の経済条件を変えうるもので、現在は医師、弁護士、ソフトウェアエンジニア、大学教授といった高所得エリートの専門家が担っている仕事の一部をより多くの人々が引き受けられるようになる」「より多くの人々が一段と付加価値の高い仕事をこなせるようになれば、彼らの所得は上がり、より多くの労働者が中産階級に引き上げられる」というロジックだ。

 低スキルの労働者ほど恩恵が大きいことを示す、実証研究も存在する。スタンフォード大学、MITなどの研究者の実証研究によると、AI自動会話プログラム(チャットボット)の活用により、カスタマーサポートに従事する従業員が1時間当たりに解決できる問題数は平均して14%増加したが、スキルの低い従業員の効果が顕著であり、34%増加したという。このことに関しては、AIツールは、高スキルの労働者のベストプラクティスを反映しているため、低スキルの労働者が特にその恩恵を受けるとの見方がなされている。

 

<利益を公正に分配することの重要性>

 では、AIは非熟練の労働者にとって恩恵しかないのか。留意すべきは、新技術がもたらす利益の分配の問題である。つまり、技術の進歩が労働生産性を向上させても、労働者が恩恵を得られるとは限らないということだ。

 MITのダロン・アセモグル教授は、2023年に公表した共著において、「新たなテクノロジーが広範な繁栄をもたらすことに関して、自動的な部分は何もない」、「生産性の向上が広範な繁栄に結びつくのは、新たなテクノロジーが労働者の限界生産性を高め、結果として得られた利益を企業と労働者が分かち合う場合に限られる」と述べ、生産性を高める新しい機械や生産方法は賃金も上昇させるという主張は必ずしも成り立つわけではないことを指摘している。まず、企業は技術革新によって生産性が向上すると生産量を増やすが、労働需要が増える(より多くの労働者を必要とする)とは限らない。技術的失業のようなケースがありうるからだ。また、労働需要が増えた場合でも、労働者の賃金が上がるとは限らない。賃金は労使の交渉によって決定されるからだ。アセモグル氏らは、産業革命に伴う工場制度の導入で労働時間は伸びたにもかかわらず、労働者の収入は約100年間上がらなかったことなど、技術の進歩が不平等を拡大させてきた歴史的事実について述べている。AIについても「先進国だけでなく世界中のあらゆる地域で、AIは不平等を拡大させる軌道に乗ったようだ」と警鐘を鳴らしている。

 新技術がもたらす利益が労働者にも公正に分配されるために期待されるのは、労使の交渉における労働組合の役割だろう。アセモグル氏らも「労働組合は、雇用者と労働者のあいだで生産性向上の共有を支える重要な媒体だった。労働者が発言権を持つ職場では、技術的・組織的決定に労働者の意見も取り入れられ、組合が過剰なオートメーションへの対抗勢力となった」と評価している。

 

<仕事が任意となる未来に到達するまで>

 「人工知能(AI)は私たちの仕事をすべて奪う」-米国の起業家イーロン・マスク氏が今年5月にパリでの講演にリモートで登壇し、述べた言葉だ。マスク氏は「趣味のような仕事をしたければ、仕事をすればいい」「AIやロボットがあなたの望む商品やサービスを提供してくれるだろう」とも述べ、仕事が任意になる未来について語ったという。

 AI等の技術進歩のスピードは速いが(マスク氏は2025年末にはAIが人間の知能を超えるシンギュラリティに達すると予測している)、仕事が任意の経済社会(生活のためにやむなく仕事をしている働き手にとっては理想郷とも言える世界)を実現するまでにはそれなりに時間がかかるだろう。例えばグローバル・ベーシック・インカムの導入など、仕事が任意であることに対応した経済社会システムを国際的に検討する必要があるからだ。

 そうした未来に到達するまでは、技術の進歩に合わせて、労働環境の整備や利益の公正な分配をめぐって労使で協議することは必要であり、労働組合は引き続き社会において重要な役割を担うことになるであろう。

 

 本稿では、技術進歩がもたらす利益の公正な分配の重要性について述べたが、分配に関しては気がかりな調査結果がある。連合総研が今年4月に実施した47回勤労者短観(首都圏・関西圏)では、「1年前と比べて、自身の賃金収入は増えた」との回答は働き手の約3割(32.1%)にとどまるというのだ。

 連合総研レポートDIO20246月号研究員報告「賃上げを実感しているのは働き手の約3割-物価上昇時の賃上げはどうあるべきか-」では、その要因について、いくつかの予想をたてて検討した上で、物価上昇時の賃上げはどうあるべきか述べているのでご覧いただきたい。

 

(参考文献)

David Autor (2024) "Applying AI to Rebuild Middle Class Jobs", NBER Working Paper 32140

Daron Acemoglu & Simon Johnson (2023) "Power and Progress : Our Thousand-Year Struggle Over Technology and Prosperity"(翻訳 ダロン・アセモグル&サイモン・ジョンソン「技術革新と不平等の1000年史」)

Erik Brynjolfsson, Danielle Li & Lindsey R. Raymond (2023) "Generative AI at work", NBER Working Paper 31161

Frey, C. and M.Osborne (2013) "The Future Of Employment: How susceptible are jobs to computerization?", OMS Working Paper, University of Oxford

John Thornhill (2024) "Superfluous people vs AI: what the jobs revolution might look like" Financial Times, March 14, 2024.(翻訳 ジョン・ソーンヒル「AIで「余計者」生み出すな」日本経済新聞2024322日)

Joseph Briggs and Devesh Kodnani (2023) "The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence on Economic Growth"

リクルートワークス研究所(2023)「未来予測2040

 

(関連リンク)

研究員報告「AIが雇用に及ぼす影響~勤労者短観を踏まえて~」 連合総研レポートDIO 20241月号 No.393

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio393-h.pdf

研究員報告「賃上げを実感しているのは働き手の約3割―物価上昇時の賃上げはどうあるべきか―」 連合総研レポートDIO 20246月号 No.398

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/dio398-k.pdf

特集「賃上げの更なる広がりに向けて」 連合総研レポートDIO 20245月号 No.397

https://www.rengo-soken.or.jp/dio/2024/05/270900.html

連合総研「経営に関する労使協議についてのアンケート調査」(「労働力人口減少下における持続可能な経済社会と働き方(公正配分と多様性)に関する調査研究委員会報告」(20232月))

https://www.rengo-soken.or.jp/work/2023/02/210900.html

連合総研「第47回勤労者短観報告書」 

https://www.rengo-soken.or.jp/work/2024/06/201612.html

 

(執筆:鈴木智之)

https://researchmap.jp/tmyk-szk

 

※本稿はあくまで個人的な見解であり、連合総研もしくは連合を代表しているものではありません。

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